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au.sophia

Author:au.sophia
東大和市在住。ピアニスト。幼い頃からピアノの音色に興味を持ち、以来あらゆるジャンルの音楽に挑み「ジャンルを問わぬピアニスト」の異名を持つ。国立音楽大学在学中よりその才を生かし、結婚披露宴でのピアノ演奏


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昨日の記事で、私のイヤなものの中に『柿』をあげたら、思いがけない反響をいただいたので、今日は私がどうやってイヤで食べられなかった柿を克服したかをここに書いてみよう。初めに断っておくが、恐らくこの方法はきっと皆さんが何がしかのキライなもの克服の参考にはならないと思う。予めご了承願いたい。

題して・・・・『家庭内コンクラーベにより柿を克服!!』

幼い頃、好き嫌いのない父のおかげで、私はほとんどの食べ物を臆することなく口に入れ、「おいしいおいしい」と素直に喜び、偏食のほとんどない子供で育ってきた。目の前に出されたものを、「これ、おいしいのよ」と言う大人のいうことを120%信じ、いろんなものを口にしてきたのだ。そう考えると、今更乍ら周りの親・親戚を始めとする大人たちに感謝しなければならない。

ある時、両親の田舎の九州にて、目の前に柿がわんさか盛られた。いつものように、「さあ、おいしい柿よ。めしあがれ♪」と促されたので、なんの疑いもなくパクパク私は食べ始めた。この時はすでに、柿は大好物で柿と言うものは甘くて美味しいことを私は知っていた。
その中のある柿のひとつを口にしたとき・・・・・

突然口の中がしびれだした!!

「わ!!!!!」

あわててその柿を吐きだしたが、しびれはとまらない。口の中全体にまとわりつき、息が出来ないような苦痛を感じた。

「ゲ~~~~~~~~!!!」

(死ぬう~~~~~~~!)

幼かった私はホントに死ぬかと思った。毒を盛られたと思った。

もうおわかりかと思うが、要するに私はしぶ柿にあたってしまったのだ。しかしこの時の私はしぶ柿なるものを知らなかった。知らないものに対する恐怖は計り知れないものがある。

「あら~~~~!ともちゃん、かわいそうにしぶ柿にあたっちゃったのね。大丈夫よー。他の柿は甘いから。」

そうは言ったって、他の柿の中にしぶ柿が紛れている可能性だってあるではないか!私はこの時初めて『疑う』ということを学んだような気がする。それと同時に、柿に対するすさまじい憎悪!
(貴様ァ・・・・!裏切りやがったな?)という感情。

それ以来、40年柿を口にしなくなった。

・・・・がしかし、ウチの家族はこれまた別の執念を私に抱いていた・・・・。

私になんとしても柿を食わせること!

どういうわけか、私はよくひとさまにかまわれることが多い。私の方としては、あまり他人に干渉することはないのだが、何故か、色々よいこともわるいことも絡まれやすい。ウチの家族、とりわけ血液型B型の家族は私の何十倍もの偏食があるクセに、たったひとつの私の苦手なもの=柿をなんとしてでも食わそうとする。なぜ?

「ともちゃんね、柿が赤くなったら、医者が青くなるのよ」
「ともちゃんね、柿は『医者いらず』というのよ」
「ともちゃんね、柿を食べると病気にならないのよ」

これを何十年と言われ続けてきた。しかし、私は裏切り者は断じて口にしなかった。

さて、数年前、毎日の朝食の食卓で私の目の前に、黙って柿が出されるようになった。『黙って』出されるのだ。私ははじめ、出される度に「柿はキライとわかっているでしょう?」と反抗の言葉を言っていた。が、実は私は自慢ではないが、自分の食卓に出されたものは、絶対に残さないというポリシーをもともと持っているため、自分の皿に盛られたものは、たとえ美味しくなくても食べる習慣がついていた。そして、反抗の言葉を言う度に

「ともちゃんね、柿が赤くなったら、医者が青くなるのよ」
「ともちゃんね、柿は『医者いらず』というのよ」
「ともちゃんね、柿を食べると病気にならないのよ」

というお決まりのセリフを聞かされる。だんだんコチラも学習し、反抗の言葉を言うだけ無駄だということが分かってきた。そこで、上記の習慣に伴い、私も『黙って』口にするようになっていった。

口に入れる度に、(ケッ!この裏切り者めが。)と心の中で悪態をつく。しかし、その味わいというのは、幼き日、「おいしい」と思って食べていたあの味そのものが残っているのだ。だが、しばらくはその『美味しい』という味を自分の中で認めたくなかった。家族が「どう?美味しいでしょう?」などとのんきにのたまっても、だんまりを決め込んでいた。

ところで、なぜ一年中柿が我が家の食卓に出てこられたのか?それは、冬になって干し柿を大量に買い込み、家族はそれを冷凍保存して毎日毎日少しずつ楽しんでいたというわけだ。そのあおりを毎日受けていた。

私は来る日も来る日も、黙~~~~って柿を食べた。もちろん美味しいという感情は一切自分の中にいれずに。家族は私のことをどうみていたのだろう?(いつ、柿が好きになるか?)とでも思っていたのだろうか?

まさに『コンクラーベ(根競べ)』!

そろそろ結論を言うと、一昨年前、平然とした顔で食べられるようになり(美味しいとは思っていない)、昨年、不覚にも(美味しいかもしれない)という気持ちに変わり、今年に入って素直に「やっぱり美味しいね」とフツーに言えるようになった。

マア、結果的に克服しちゃったワケだ。これはなにも私が(これではいけない。好き嫌いせず柿も食べられるようにならなくちゃ)と自分を追い込んだわけでもなんでもない。強制的に矯正されたのだ。

だがしかし、過程はどんなであれ、物事がより良い方向へ進むというのは悪いことではない。例えばダイエットしようと思い立ったきっかけが、異性にモテたいという不純な動機でも、目標を達成すればメデタシなのだから、過程の善悪を問う必要はない。

・・・・・・今日はまったく音楽に関係ない内容になってしまった(笑)。

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